T6月、ハイブリッド・エンジン機能がHDXに搭載されます。このインテリジェントなハードウエアとソフトウエアの統合技術は、Pro Tools | Carbon に最初に搭載され、ボタン一つでDSPとネイティブ・プロセッシングをシームレスに切り替えることを可能にしました。このハイブリッド・エンジンがHDXシステムに搭載されるということは、いったいどのような意味を持つのか、どういった使い方をしているHDXユーザーに必要なものなのか、ここで解説していきましょう。
Pro Toolsパフォーマンスの最大化
ハイブリッド・エンジン無しの場合、HDXはCPUパワーで動作するネイティブ・プラグインの動作以外の、ミキサー機能や録音/再生に必要なDSPタスクのすべてを、カードに搭載された18基のDSPチップと高性能FPGAチップでハンドリングしています。
このHDXのパワーにより、録音時のレーテンシーを常に1ms以下に保ちながらも、決定論(ディターミニズム)に基づいた確実で安定したパフォーマンスを実現しています。これ以上のシステムは、現状、地上には存在しません。しかし、この決定論は同時に、ハードウエアの仕様によってボイス数の限界が決まっているという意味でもあり、使用しているカードの枚数により、使用可能なセッション・サイズが制限されるというケースも出てきます。Dolby Atmosミックス時のように、大規模セッション上で多くのトラック数や重量級のプラグインを数多く使用したいシステムを数多く用意する必要のあるユーザーにとっては、これをコスト的な負担と感じるケースもあるでしょう。また、HDX上でネイティブとDSPプラグインを同一トラックに実行した場合、DSPプラグイン後に実行するネイティブ・プラグインが、HDXとホスト・コンピューターの間を行き来することで引き起こす、ボイス数の浪費も気になる部分かもしれません。
それに対して、ハイブリッド・エンジンは、DSPとネイティブ・ミックス・エンジンを分割して処理する仕組みになっています。ホスト・コンピューター上でセッションを走らせ、その強力なコンピューター・パワーの利点を最大限に活用できます。その上で、CPUに対する補助的な役割として、または、録音時のニア・ゼロ・レーテンシーを実現する為に、HDX上のオンボードDSPに素早くアクセス可能です。
これにより、得られるパフォーマンスの可能性が劇的に向上します。ハイブリッド・エンジンは、ネイティブとDSPの特徴を効率よく活用できる為、大規模なセッションでの作業がよりスムーズになります。また、両エンジンを分割して管理する仕組みとなるため、ネイティブとDSPプラグインを一つのトラック上に同時実行した際に生じていたラウンド・トリップもなくなり、システム全体のディレイやコントロール・サーフェス上のフェーダーやノブの反応も改善されます。これらのパワフルで新たに加わるキャパシティーの増加により、コンピューターをアップグレードした際、そのパワーアップをより実感しやすくなり、その上でHDX独自のメリットもそのまま活用しながら作業が行えるようになるのです。
1枚のHDXカードで、より広がる可能性
ハイブリッド・エンジンを使用しない場合、HDXのカード一枚のボイス数は最大256です。広大なミックスを必要とするオーディオ・ポスト・プロダクションにおいては、十分な数とは言えないかもしれません。HDXは、最大3枚までカードを拡張することができますので、その場合は最大768ボイスとなりますが、その全てが、何百ものモノトラック、サラウンドトラック、そしてプラグイン等を司るDSPヘッドルームに負荷をかけることになります。
Thハイブリッド・エンジンは、ネイティブ・パワーによるボイス管理を行えるようになり、HDXのオンボードDSPがボイス管理を行っていた際の負荷を軽減させることで、この大きなチャレンジを克服しています。2021年6月にリリースされるPro Tools | Ultimateでは、ネイティブ・パワーでのボイス管理を行う際、全てのサンプルレートで最大2048ボイスまで実行可能となります。HDXシングル・カードのシステムを含む全てのHDXコンフィグレーション、例えば HDX Thunderbolt 3 MTRX Studio Bundleであっても、最大ボイス数を2048へと拡張しながらも、カード上のDSPを録音/再生時のプラグイン実行に割り当ることができるのです。これにより、より大規模なセッションをより管理しやすくなります。また、ホーム・スタジオでは対応可能な作業が増え、業務用スタジオにおいても、より低いコストで多様化するクライアント・ニーズに応えるシステム構築がしやすくなることでしょう。
ボタン一つで実行可能なニア・ゼロ・レーテンシー
録音時のレーテンシーの克服は、どのような分野においても大きな課題です。アーティストにとっては、クリエイティブな閃きを阻害される要因となり、またエンジニアにとってもレコーディング・プロセスを台無しにする大きな原因でもあります。
ハイブリッド・エンジンは、ボタンのクリックひとつで、このレーテンシーという録音/ミックス作業やクリエイティビティーへの大きな阻害要因を取り除いてくれます。任意のトラックをDSPモードにすることで、そのトラックに関連するすべてのシグナルチェーンが、HDXカード上で直接実行可能なAAX DSP互換プラグインでプロセスするモードに切り替わります。その際でも、再生機能やそのトラックおよびシグナルチェーン以外の残りのミックスは、ホスト・コンピューターがハンドリングします。また、DSPモードをもう一度クリックするだけで、元のネイティブ・モードへと簡単に切り替えることができます。このインテリジェントな統合機能がPro Toolsに搭載されることで、レーテンシーに煩わされることなく、レコーディングやミキシングといった作業が効率よく実行可能となるのです。